お知らせ
2015.12.27
海士からの島だより新年号のすべて

こんにちは。海士町観光協会の太田章彦です。海士町観光協会は年に4回、簡単な季刊誌を発行しております。僕はその「海士からの島だより」の編集長を去年からしており、この1月号がちょうど編集長1周年記念号となります。
 
R0030056
 
実は島だより、発行ごとにテーマを決めておりまして、今号のテーマは「風と土」とし、陶芸家の勇木史記氏にインタビューをしました。しかし。本当にしかし。このインタビューが予定していた量をはるかに上回ってしまい「海士からの島だより」に収まりきらない事態が発生しました。削ることができない文章を、何とか見せたいという思いから、ここに載せることにしました。編集能力が無いことは置いといて、というよりもむしろ、編集をしないという選択をしてしまった今号。これからの「海士からの島だより」はどうなることやら。。

では、駄文はこのあたりにして、勇木さんへのインタビュー全文をどうぞ。
 

対談のテーマ「風と土」

DSC_62500
 

太田章彦(以下:太田) そもそも「風土」という言葉を考えたことがないわけです。

 

勇木史記(以下:勇木) はい。
 

太田 今に続く昔のことを掘り下げてみて、昔こういう人がいてねっていう形で「風土」という言葉がどんどん色付けされていくと思うんですけど、それを今、現行で、現役で、風土を作りながら暮らしてる人がいるわけですよ。それが、ま、言ってしまえば「表現」を傍に暮らしている人たちのことだと僕は思ってるのですが。それで、「風土」という言葉を解体すると「風」と「土」になります。それで土が勇木さんで、わかりやすく、当てはめちゃおう、と。あ、でもそもそもの、勇木さんがなんで食器を作り始めたかとかっていうとこまで遡って大丈夫ですか?

 

勇木 うんうん、全然オッケー。ま、食器を作り始めた理由っていうのは、うんとねぇ、もうちょっと根っこの方から話をすると、さっき言ってたその風土っていうのは、人が脈々と作り上げてきたものを今言ってると。だけど、もっと大きな世界で言えば、自然っていう意図・意味を持たないものたちが発生してるその中で、ずっと歴史が積み上げられてきた、と。で、ヒトを含め色んな植物たちとか、魚たちとかは変化を遂げながら今の形になってるっていう。ま、これは、ある意味生き抜くために変化していったと。これは環境に合わせていくと。ただ、僕はやっぱり人間として、人に対しての何か。ものを残せたらっていう気持ちがずっとあって。だけどその意図を持たないものの領域は、なるべく邪魔したくないんよね、ホントは。

 

太田 痛く共感します(笑)

 

勇木 なんでかっつったら人間のためにやってるだけの話であって、そこの領域を自分の力でどうにかしようなんて、あんまり考えたくないところで、だけども、じゃ、人として、人らしく表現するためには、やっぱり感情とか、その、思いとかっていう部分がすごく大事になってくるんじゃないかな、例えば、自然の素材を使わせてもらっているとか。で、さらに、ただ暮らすだけじゃなくて、より良い暮らしをしていくっていうことが、一番人間の優れた部分であって、そこで楽しいと感じたり悲しいと感じたことを、ものを通して表現していくのが、一番わかりやすいのかな、っていうのがある。だから、食器っていうのも、料理を盛る器なんだけど、ただ盛ればいいんだったら、そこらへんに落ちてる石とか、竹を割ったりとか、葉っぱとかに載せて、それで楽しめばいいと。で、そういうレベルで楽しむのと、あとは、じゃ、僕がこの島で暮らしてきて感じたことを表現することによって、その草とかではできない表現をするのとでは、ちょっと伝わり方が違うと思うんだよね。で、僕はどっちかっつったら、この島で出来たものを、感じたことを、表現としてのものにして、で、そこに、今度は料理人が何かを載せてくれると。で、食べてくれると。っていうような行為をするっていうのは、すごく大事なコミニュケーションにつながると思ってる。なんか喋ってるうちにわけわかんなくなっちゃったけど、大丈夫かな?ははは。

 

太田 まだ大丈夫です。それより、さっき言ってた「より良い暮らし」っていうのは、多分、キーワードになると思ってて、どこに住んでいようが共通して「より良い暮らし」という言葉はわかるけど、島の「より良い暮らし」と、都会の「より良い暮らし」では言葉の持つ意味が違う気がします。だけど、違うけど、でも、本当に大切な部分はブレずに共通している、何かしらの共通言語があるような気がするんですよね。

 

勇木 僕もそれはすごく思う。例えば、僕がいつも意識してる「本質を知る」っていう言葉があるんだけど。そのものの、本当の価値を知るっていう意味のね。

 

太田 なるほど。

 

勇木 それぞれ、だから僕は土を使ってるんだけども、えー、土を使ってても、木とか金属とか、植物とかっていうのを無視してるわけじゃ無くて、それぞれ、全部良い。

 

太田 すごくわかります。

 

勇木 その中で、たまたま土というものの使い方を知ってしまってその魅力に取り憑かれたから、土を表現素材として使ってるんだけども。僕は金属でもガラスでもなんでも良いと思ってる。ホントは。

 

太田 それもすごくわかります。

 

勇木 問題はそこの本質だと思うんだよね。人がそれを見たときに、何かを感じてくれるかどうかっていうのが問題で。で、さらに極端なことを言えば、究極の自己満足なんだよね、多分、表現っていうのは。

 

太田 返ってくるんですよね。最近思うんですけどもの作りは結局、循環なんですよね。自分と外の世界との循環をずっと繰り返してて。もの作りがしたくて、出来たら、見せたくなって。でも見せる前にすでに自分が満足してて、で、見せて反応を見て、その反応がまた自分に返ってきて、そしたらまた作りたくなって、っていう循環。

 

勇木 そうそう。だから、最後は自分のためにやってるんだよね、そういう仕事ができたら良くて。それでさっき言ってた、都会と田舎とでは「より良い暮らし」は違うかもしれないっていうのは、やっぱり表面の話であって、もうちょっと本質、根っこの部分は多分、個人個人の感情そのものだと思ってる。どこに暮らそうが、そこが幸せだと感じれれば、それでオッケーだと思うんよね。幸せだって感じるだけじゃなくて、自分の成長する課題が見つかったりとかね。生きていきたいなって思える、その、何か刺激があったりとかね。

 

太田 勇木さん、島に来て今何年目なんすか?

 

勇木 俺10年。

 

太田 ちょうど10年?

 

勇木 そう、ちょうど10周年。

 

太田 ちょうどいい!1年目と10年目の違いとか変化ってありました?作り続けてきて。

 

勇木 あぁ、前と今?えっとね。変化はね、ん〜

 

太田 丸くなったとか?(笑)

 

勇木 えっとね、いや、どうなんだろう。俺最近ね、螺旋階段でいうと1階から2階に上がったみたいな感じ。

 

太田 すごいわかる!最近その話、誰かとしたばっかりで、いやホントに!循環だけど、同じところには戻ってないんですよ。

 

勇木 そうそうそうそう!

 

太田 こぉ〜〜〜〜〜んな感じでね。(螺旋のジェスチャー)

 

勇木 ここの暮らしを意識するとかではなくて、とにかくなんでも挑戦してきたら、多分、1回は180度向こう側におったんだけど、なんかやっぱり、いろいろ悩んだり考えたりしていくと、自然とまた10年前の気持ちに戻っていくというか。最後は、ゴールはもう一回原点に戻ってきててね。、それが、今年すごい明確に出てきたので。

 

太田 いや〜良いこと言いますね。原点がゴールっていうのは誰でもわかるような気がしますね。ははは。

 

勇木 でもちょっと哲学的だよね。だけどね、それはあって。ここにきた時のスタイルは、100人おったら1人わかってくれたらいいよねっていうスタイルでこっちに来てて。

 

太田 勇木さんと話したんだっけな。その、誰が理解者かっていう話で、例え話でそれで食ってくっていう話を人としてた時に。勇木さんとだったと思うんだけどな、多分。

 

勇木 ん〜〜覚えてないなぁ

 

太田 100人いたら1人っていうニュアンスなんですけど、その、島に認めてくれる人が何十人、何百人いようが、どうでも良くて、島根県に1人とか。でも、例えば県に1人認めてくれている人がいたら、47人日本にはいるわけですね。例えばですよ。っていうのを世界で考えたときに、国に1人ファンがいたら、それで食べてけるわけですよ。っていう広い、広いけど根を張らないとやっていけないもの作りの心の持ち方。勇木さんと話したような気がするんだけどな。

 

勇木 でもまさにそれ、思う。生活していると、どうしてもお金がチラついてくるけど、お金を先に考えてしまうとどうしても、10人いたら10人に理解してもらおうと考えてしまう。だけどさっき太田くんが言ったように、県に1人でもそういう理解者がいて、その理解者と長く関係を持ち続けるために、10個作ってその中の1個だけしか残さないやり方とか、100人いて99人がダメだねって言っても、その1人がものすごく良いっていうもの作りの心の持ち方だったら、それで食べてけるっていうのは、うん、まさに、あると思う。

 

太田 もの作りをする上で、この1人を裏切っちゃいけないなって思いますよね。

 

勇木 そうだね。ちなみに、太田くんはどういう時にそれを思う?笑

 

太田 あの〜、雑な仕事になりそうなとき。笑)僕は、今やってるもの作りが数年にわたって積み重なっていったときに、ひとつの分厚いものにしたいっていう思いでいっつも物を作ってるけど、これが積み重なったときに、この数年間は何だったんだって思ってしまうものは、作りたくない。で、その、何だったんだって思ってしまうようなものを、その1人に届けるようじゃダメだなっていう。

 

勇木 それはね、多分経験したからだと思うよ。そういう雑な仕事も(笑)。じゃないとわからないから。たぶん、そのときにすごく凹んだんじゃない?

 

太田 この人が良い人なんですよね。当然、良い悪いはちゃんと言ってくれるけど、作品だけじゃなくて人柄も含めて見てくれてる人だったから、あ〜ダメだなこれはって。そのとき、99人に嫌われてもこの人には嫌われたくないって思ったんですよ。ちゃんと良いものを作って、その1人が評価してくれてたら良い。

 

勇木 そうそうそうそう。僕の先生も「必ず誰かが見ています」っていう文章を送ってくれたことがあって、まさに、そういうことだと思う。

 

太田 素敵な先生ですね。

 

勇木 僕、この島で信頼してる人に最初の仕事を頼まれたんよね。一番最初の仕事で大きな仕事だったんだけど、それを大失敗してね。何回実験してもできなくて、いよいよ間に合わないからごめんなさいって謝りに行ったことがあるんだよね。でも、その人の繋がりを終わらせたくないんだよね。失敗したから終わりではなくてね。人と仕事をするっていうことの原点なのかな。その人のために、もっと成長した姿を見せるとか。だから、まだその、諦めてないわけ。失敗して信頼を失ったかもって思ったけど、当然本気でやったんだけど、でもその時はダメだった。でも10年経って、もう一度向き合える時期が来たら、また再挑戦させてもらいたいなっていう気持ちでいる。

 

太田 良いこと言いますね。

 

勇木 でもこれ、あんまりね、希薄なところではそういう部分、ないんじゃないかなって。ものを通してここまで人と向き合うっていうね。

 

太田 確かにそうかもしれないですね。繋がりを持ち続けることで表現の強度を増していく、みたいな話ですかね。

 

勇木 例えば地層ってのがあって、この時代にはこんなんがあって、とかってどんどん積み重なっていく。それと似た様なところじゃないかなって。そのところの今自分は、人という地層の中で、ま、一番上にいると。まだ砂丘の様にさ、風が吹けばふっと吹かれてしまう。だけど、そこにさらにどんどんどんどん上に積み重なっていくとさ、どれだけ風が吹こうがさ、その地層は何百年何千年何万年と持つじゃん。

 

太田 はいはい。

 

勇木 人の地層みたいな感じ。人層みたいな(笑)。どっかで僕も一つの層として積み重なっていきたいなっていうのはある。でも、ま、今はまだ風が吹いたら吹っ飛んでいく。まだまだ。だって一番上におるもん。表面に。

 

太田 その感覚ですよね。なんか、根をはるという言葉よりも、もう少し先を見て言うと、もうちょっともうちょっと、わかりにくいところで、その、残るか残らないかですよね。根を張るも大切だけど、この島にいたっていうことが残るか残らないかっていう。

 

勇木 だから次の人、層をね、見据えないとね(笑)。早く次世代の層を乗せてくれんとね、僕が吹っ飛んで行ってしまうけん、どっかいろんなところに。でも、ま、これもちょっと例え話みたいな話だけど、鳥取砂丘に行った時に、風紋を見たんだよね。風で出来た砂の波の模様なんだけど。風紋じゃなかったっけ?あれは、今じゃないとできない模様をね、出してるんだよね。

 

太田 はい。

 

勇木 風が吹くのに合わせて、いろんな模様にね。

 

太田 何となくですが、風土らしい話になってきた気がします(笑)。

 

勇木 いいでしょ(笑)?その風が、冬と夏とでは向きが違うんだって。だからできる模様も違うんだって。だけど、それは、うーん、さっきも言ったように、その模様に意思はない。風が吹けば、勝手に模様になっちゃうわけ。でもそれは、見た人がスッゲー良いなっていうわけ。綺麗だなーとか。その、もしかしたら違う、ハート形の模様を作りたかったかもしれん、その砂が。例えばね(笑)。でも作れんのんよね。風のとおりになっちゃうから。でもそれを見て、誰かが良いなってなっていってるんよ。

 

太田 いい話ですね。砂は砂のままなんだけど、何かの影響を、無理なく受けるっていう。

 

勇木 合わせるっていうかな。うん。だけど、そこに対して僕はやっぱり10年やってきたけどその、プライドみたいなものが、どうしても出てくるわけよね。どんどんそういうのが自分の中で堆積されていく。例えば、その、隠岐窯らしくないとだめだとか。「らしさ」を伝えるにはこういう風な仕事をしないといけないとか、決め付けてかかっちゃう。けど、その砂丘の砂たちは、何もせんでも、永遠に変わってないようだけど、変わっていってる模様。模様がね。砂のまま。

 

太田 そうなんですよね。「らしさ」を求めると、逆にらしくなくなっちゃうんですよね。

 

勇木 なんかね、見えると弱くなるっていうか。見えないほうが美しいみたいな話を聞いたことがあって、見えたら終わりだ、っていう。そういうの、自然を見ると意外と発見できちゃうんだよね。

 

太田 人工物を見るよりも自然のものを見てる方が、造形に関して言えばよっぽど勉強になることがあるっていうのを誰かが言ってた気がする。

 

勇木 僕は畑をしなさいって言われたよ。

 

太田 へぇ〜

 

勇木 陶芸するなら畑をしなさいって。料理研究家の方にね。

 

太田 勇木さんの仕事って主に、料理、ま、飲食に関しての食器じゃないですか。テーブルとか、照明とか、さらに言えば部屋の内装っていうところまで、やっぱり気になります?

 

勇木 なるなる。だから自分のアトリエのデザイン?設計?は自分でやったよ。もともとは牛舎だったんだけどね。真ん中にどーんとテーブルを置いて、轆轤場と竃場を分けて、で、仕切りを入れたりとか、ここに窓を付けるだとか、光をね、取り込みたいからね。で、階段もここに付けて欲しいっていう風にレイアウトをすごく大事にしたよ。僕はね、自分のリズムは空間でかなり変わってくると思うんよ。で、リズムを作るために大事にしたのは、掃除がしやすいようにしたかった。それととにかく、とにかく死んでるスペースをなくす。この二つだったんよね。そう言った意味では明るさにもかなりこだわったし。

 

太田 僕も写真の師に「何を撮るかではなくて、どこに身を置くか」っていうのが大事だよっていう風に話をしてて、当時はん?って感じだったんですけど、今になってようやくその身を置くって言葉の意味がちょっとずつ分かってきたかな。

 

勇木 どこに身を置いたかをちゃんとわかることが大事なんだよね。あとは、やっぱ住めば都っていうくらいの気持ちで居ればいいと思ってる。そこの環境が自分の一番のとこなんだと自分で変えていく。

 

太田 これどうやってまとめたらいいんだろう。。

 

勇木 任せるよ。笑

 

太田 いい話なんですけどね。

 

勇木 僕はそのやっぱり風土っていう話で言えば、一番大事だと思ったのは、やっぱり「風」を感じれるかどうか。それに、風っていうのはすごい気まぐれなんよ。いつやってくるかわかんない。

 

太田 今みたいに?笑

 

勇木 そうそう。まさに、太田くんのように。ふっと。風を吹かしてくれたわけ。じゃあ、僕がその風に対して準備ができてるかなっていう。

 

太田 予定日も間違えるしね(笑)。いや、ホントスミマセン。。
(※編集長はこの日、インタビューの予定日を間違えて休日に押しかけていたのでした。。)
 

勇木 1日早くなったところで、ま、海に行けばこんなんしょっちゅうあるしね。ははは。遅れるより早い方が嬉しい(笑)。そういうところはあって。だから風って、いろんな風があって良いと思う。風が吹いてきた時に乗れる自分であるために、ここでしっかり根を張っとけば、そうそう強い風が吹いてもその木は倒れないと思う。僕が土としてできることは、しっかりした根をはるということだと思う。あ、でもそれ、木だ。

 

太田 木だね。

 

勇木 俺、どっちかっていうと木なんだよね(笑)。なんかね。隠岐の島自体が土なんよ。海士町自体が土で、人が木だね。僕は木なんよね(笑)。

 

太田 僕もただ一つの風のわけですね。

 

勇木 いやー、太田君は難しいポジションだよ。

 

太田 でも僕もどっちかっていうと根を張りたいですよ。笑

 

勇木 いやーだから僕も自分自身が隠岐の島の風となって外に出していくっていう仕事ももちろんしていってるし、それはHPというものを使ってみたりとか、現実的な話で言えば公募展に出してみるとか、評価を受けてみたりとか。っていうことなんだけど。僕はね、風土っつって、島が土だと思うんだよな。どっちかっつったら。僕は土じゃなくて木なんだよね。

 

太田 じゃ、対談のテーマを「風と木」にしますか(笑)?

 

勇木 木っていうか、なんだろうな、木なんだよな。根なんよね。今のところ。木の根の部分。まだ何も、少しずつ芽が出てきたのかなっていうぐらいの感じなのかもしれない。土として地盤固まったわけじゃないし、うん。ただ、いろんな風が吹いても、それに対応できる幹とか枝とか花を咲かせれたらすごくいいなとは思う。

 

太田 木か。

 

勇木 風土の中にある木みたいな?笑)風土とともに?みたいな感じかな。

 

太田 確かに。自分が風土になっちゃうと紛らわしくなっちゃいますね。

 

勇木 だからまだ今のところは自分がちゃんと自分の表現で、立てるように、地盤固めをしてる感じかな。一生それが続くんじゃないかなって思うんだけど。わかりやすく土って、ま、表現方法がやきものだからって、安易だよね(笑)。ははは。だったら例えばさ、僕が鉄を使ってたら?

 

太田 鉄人!島の鉄人ですよ(笑)。

 

勇木 だよね(笑)。風と鉄になるよね。ははは。ま、いいや。で、そこで、僕が目指してるのはいよいよそれを何の形にするかっつったら、人らしく、文化という形にしたいっていうのをね、どっかでね。

 

太田 ま、そうなっていきますよね。

 

勇木 ものを扱うっていうことに敬意を払える人たちがたくさんいる島。これが文化。やきものを根付かしたいと思ってなくって、全然。

 

太田 あー、僕も同じことを考えてました。

 

勇木 ここ、大事なことだよね。僕それ好きでやってるわけだから。別にやきものでこの島を盛り上げようなんて思ってなくて、このものを、いろんなものを、ちゃんと大事に、敬意を払って、そのものの本質を見極めれる人が、たくさんいたらいいなって思う。そういう仕事をしたい。

 

太田 品なんでしょうね。きっと。

 

勇木 あー。

 

太田 暮らしの。

 

勇木 それ、同じこと言ってる人がいた。書家の人でね。その人に僕が「どういうものを作りたいですか?」って質問したら「品のある仕事がしたい」って。まさに。

 

太田 目利きができるようになってくると、身の回りのものがどんどん研ぎ澄まされていって、きっと品が生まれてくる。みたいな。そもそも目利きができるってのはどういうことなんですかね、ふと。

 

勇木 自らの力で判断とか良し悪しとか、選択ができる、じゃないかな。この島のやきもので使う土は、癖が強いって言われて世間ではなかなか認められなくて、ものすごい毛嫌いされるところがある。だけど、こういった土は焼いてみると個性がすごく強い。土そのものと対話するには好みでなく、その個性をどういうふうに活かせるかが大切で。

 

太田 ちょ、ちょっとすみません。土の個性って何ですか?今さらっと聞き流したけれど。

 

勇木 あ、そうだよね。あのね、土の個性っていうのは、えーと、、。

 

太田 言うことをちゃんと聞く土があれば、ある程度変化に任せて完成が想像できない土、っていう意味での?

 

勇木 いや、そういう技術的な部分の話じゃなくて。。

 

太田 例えば、真四角だったら真四角のまま仕上がってくるとか。そうじゃない、とか。

 

勇木 確かに世間一般で言うと、それは扱いやすい土だよね。個性的な土っていうのは、ありのままの姿だけで絵になるすごい力を持ってる。でも、今の人間社会にはなかなか溶け込めない、認められない土でね。。

 

太田 すごいわかります。それはきっとものの見方の話だと思いますが、なんというか、この写真も何か目的があって撮ったってわけではなくて、あ、綺麗と思って撮った写真なんですよね。でもこういうのをいいねって言ってくれる人はやっぱりまだ少ないわけですよね。写真のギャラリーとかだったら良いかもしれないけど、その逆の気持ちもあり、ギャラリーだけにとどまってていいの?っていう気もしていますが。
 
R0011631
 

勇木 だから、今の生活とリンクしていない非日常の部分にスポットをパッと当てたりすると、人はなかなか共感しづらくてね。そして一番厄介なのは好みで判断されることで、これがその、自分が好きなものだから、じゃないんだよね。本当に伝えたいことって。

 

太田 物事の本質っていうのは、好き嫌いの向こう側にあるんですよね。
 

(終わり)
 

勇木史記さんのホームページはこちら
http://okigama.net/

戻る