海士町について

海士町は、島根半島の北方約50㎞にある隠岐諸島の中のひとつの島です。

「海士町」は町の名前で島の名前は「中ノ島」といいます。

隠岐諸島の有人島は4つ。海士町はその中で3番目に大きい島で、人口は約2300人。周囲は約89㎞。島を車でぐるっと回るだけなら2時間あれば一周できる大きさです。


「ないものはない」

海士町の「ないものはない」という言葉は、

・なくてもよい 
・大事なことはすべてここにある 

という2重の意味をもちます。

海士町にはコンビニやスーパーはありません。都会のようにモノが豊富ではありません。

しかしその一方で、自然や郷土の恵みは潤沢。暮らすために必要なものは充分あり、今あるものの良さを上手に活かしています。

「ないものはない」は、このような海士町を象徴する言葉、島らしい生き方や魅力、個性を堂々と表現する言葉として選ばれました。


キンニャモニャ

まずは、海士といった「キンニャモニャ」

港の名前も「キンニャモニャセンター」
島で一番大きなお祭りも「キンニャモニャ祭り」

これ、実は海士町で最も親しまれている民謡の「キンニャモニャ節」のこと。

日本の各地から北前船で伝わった、という説や、
キン(金)もニャ(女)も大好きで、モニャ(文無し)なキンニャモニャ爺さんこと杉山松太郎爺さんが歌った民謡、という説など、
様々な説が言い継がれています。

しゃもじを両手にもって子どもから大人まで踊れるこのキンニャモニャ。
島の宴会の席では必須の民謡です。

ここ海士町ではキンニャモニャの他にも多くの民謡が、
島民から愛され、様々なお祭りでは、若者も歌って踊っています。
その他にも隠岐島前神楽など、独自の島の文化を大切に育んでいる島です。


後鳥羽天皇と隠岐神社

海士町は、隠岐が遠流の地と定められた時代より、多くの政治犯や貴族の方を受け入れてきました。

中でも、鎌倉時代に承久の乱に敗れた後鳥羽天皇は、この海士町で19年間をお過ごしになられたことで知られております。歌人としても有名で、海士町でも多くの和歌をお詠みになられました。

そして海士町にはその後鳥羽天皇をお祭りした隠岐神社があります。

2019年には御創建80周年を迎え、海士町を訪れた多くの方がご参拝をされています。

周囲は自然豊かで非常に静かな場所に本殿がありますので、海士町散策にもおすすめのスポットです。


特産物とお土産

島ならではの多くの種類の魚はもちろん、さざえや大きな岩ガキなどが有名です。

島生まれ島育ちの隠岐牛も人気です。

市場に出回る数も少なく、幻の黒毛和牛とも称されることがあります。

また、お土産は、「島じゃ常識さざえカレー」、「海士の塩」、クロモジの木の枝を煮出した海士町ならではのお茶「ふくぎ茶」、海士の塩と水とお米で作った「承久の宴」という日本酒も人気があります。


島ならではの風景

隠岐の他の島に比べ、平らな土地が多いのが海士町の特徴です。

日本名水百選にも選ばれた湧き水も湧き出ており、水資源が豊富なので、お米作りも盛んに行われています。そのため、海の景色とともに田園風景も楽しんでいただけます。

なだらかな場所が多いので、レンタサイクルで多くの観光地を回っていただくことができます。

また、港の建物「承久海道キンニャモニャセンター」は木造2階建てのあたたかみのある建物で、島の直売所、お土産店、観光案内所、レストランなどが入っています。しまね景観賞も受賞したこともあり、海士町の顔となっています。


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