講師 佐藤岳央

【島食の寺子屋で伝えたいこと】
私は料理人を目指し始めた頃から、自分のお店を持つことを目標にしていました。
そして、30歳の時に東京で創作和食店を独立開業。生産者との関わりを大切にするお店作りをしていました。

転機は2011年の東日本大震災。
お付き合いさせて頂いていた生産者の方々の多くが、
風評被害などの影響を受け自ら出荷をやめられていく。
私の目指す料理を国内ではできないと感じ、「公邸料理人」という海外での新たな目標に挑みました。

19歳から独立開業という一つの目標のみに向かって、
ひたすら修行をしてきた私にとって、非常に大きな転換でした。

公邸料理人時代の経験は、料理人としての幅をさらに広げることになりました。
現地で手に入る食材だけで、和食を作る難しさ。
気候の全く異なる国で、日本の四季を伝えるにはどうすればよいか。
海外のお客様にとって美味しい和食とは。
それら全てを自らの力で打開していくうちに、技術・創造力が自然と上乗せされていきました。

公邸料理人の任期が終わるとともに、島食での寺子屋講師のお誘いがあり、二つ返事で受けました。最初に驚いたのは、自然が豊かで季節を感じられるということ。サウジアラビアの風土を経験した後ということもあるでしょう。

これはもし東京でお店を続けたままでいれば、絶対に消えてしまっていた感覚。
自然は人間の思い通りにはなりませんし、「旬」は電話一本で北から南まで追いかけるものでもないことにも気付かされます。

海士町に来てから、その日採れる食材のみで和食を作り続けることで、私自身も料理人として学ぶことが多いです。私がこれまで学んできたことを、島食の寺子屋で伝えていきたいと思います。


校長 恒光一将

【島での暮らしから学ぶ】
海士町には、漁師もいれば、農家もいれば、牛飼いもいます。

夕方になれば、どことなく誰かの家に集まり、
「明日の朝はどの辺りの網を持つの?」
「夕方のジャガイモ収穫を手伝ってほしい」
「子牛の値段は最近どう?」
といったことをお互いに話す。

島の人たちにとっては、普通の会話ではあるけれど、
そばで聞いているだけで学ぶことは多い。

島の風景と会話の内容がだんだん重なってくる感覚に。
外を歩いていて、風の向きとか強さを感じながら、
明日はあそこの網を持つかなとかが無意識に予測できてきたりとか。

島食の寺子屋の校舎の中だけでなく、
1年間の島での暮らしの中からも多くを学んで頂きたいです。