令和3年 海士からの島だより

あけましておめでとうございます!

 昨年は海士町観光協会の取り組みにつきまして多大なる応援を頂き誠にありがとうございました。

 皆様にとって令和三年が素晴らしい一年となりますよう、海士町観光協会職員一同お祈り申し上げ新年のご挨拶とさせていただきます。

 スタッフ一同の昨年の振り返りと今年の抱負をお届けします。


事務局長 / 波多 努

 昨年は新型コロナウイルスの影響により観光業界は大打撃を受けましたが、今年はワクチン等が開発され沈静化する兆しも見えてきました。
 今年、海士町では後鳥羽院遷幸800年のイベントが開催されます。少しでも多くのお客様に海士町に訪れていただき、後鳥羽上皇より受け継がれた文化に触れ、海士町ファンになって頂くよう取り組んで参りますのでよろしくお願いいたします。


島食の寺子屋 / 恒光 一将

 離島で和食を学ぶ「島食の寺子屋」担当の 恒光一将です。島食の寺子屋「四季を通して学ぶ1年間コース」は、2020年度で3期目となります。

 鞍谷浩史が常勤講師として新たに就任するとともに、3期生として4名の生徒が入塾してスタートを切りました。

新型コロナウイルス感染症の影響により、島民の方々との交流を自粛する期間があったものの、山菜をとったり、牧草ロール作りや稲刈りのお手伝いをしたりと、島食の寺子屋ならではの活動は出来たのかなと思います。

 そして、例年であれば島外から観光客に料理をお出しする形で、生徒達は実践を積んで行きますが、昨年は島民向けにお弁当を販売したり、オリンピック・パラリンピックのホストタウン事業の一環で海士町全14集落を周って試食会を開催したりと、例年よりもバラエティ豊かな実践授業を行うことができました。島の中だけでできることがないか?と考えて動いた結果、例年よりも活発な動きができたのは島食の寺子屋ならではかと思います。

 また、2021年4月入塾に向けても、お問合せや来島見学希望をたくさん頂戴しております。離島という環境に魅力を感じて料理の世界に飛び込んでくれる、料理人の卵たちに敬意を払いながら、今後も島食の寺子屋の運営を続けて参りたいと思います。

 こちらの記事を読まれた方で、島食の寺子屋に興味を持たれた方やお知り合いに知って欲しいと思われた方は、ぜひ島食の寺子屋HPからお問合せ下さいませ。

・詳細・ご応募はこちら


離島ワーホリ / 小西 未祐

 昨年における離島ワーホリの取り組みにつきましては、新型コロナウイルス感染症の流行拡大に伴いまして町からの要請を受け、止むを得ず受け入れ中止の措置を取って参りましたが、夏季にはガイドラインの整備等が普及し始め、感染症の流行が一時的に抑止されたことで、十分な観察期間と感染症対策を徹底した上で、毎年ご参加いただいている早稲田大学の学生数名の受け入れを実施することができました。暖かく受け入れてくださった地域の皆様に、東京から来島した学生も感激をしておりました。

 しかし、その後は第二波、第三波と感染が拡大傾向となり、現時点まで受け入れを見合わせている状況となります。現在は、来年度の離島ワーホリ事業に向けて、その運営方法や感染症対策に向けた整備を進めているところです。

 また、昨年は町の取り組みである大人の島留学が開始し、離島ワーホリ参加者以外のインターン生を各事業所で目にする機会も増えてまいりしました。離島ワーホリ事業でも、こうした島内各所のインターン事業とつながりを構築し、横に展開する形で交流の幅を広げ、海士町を訪れる方々により多様な海士町での中長期滞在のあり方を提案できるよう努めてまいります。


 食の感謝祭 / 小西 未祐

 毎年、秋の隠岐神社境内を食と文化で彩って参りました食の感謝祭ですが、第13回目となる今回の開催では、非常に残念ながら新型コロナウイルス感染症の流行拡大を受けまして、屋台の出店や演芸の披露といった感染リスクを伴う一般公開でのイベント開催は見合わせ、町内生産者の方々との奉納神事のみの実施という形式をとらせていただきました。

 やはり例年と比べますと、静かな感謝祭とはなりましたが、この食の感謝祭の本来の目的でもあります、お米や野菜、サザエなどの島の営みを支える豊かな食材に、その生産者や飲食関係者の方々とともに感謝を伝えるという儀式としての側面がより強調された年となりました。また中止した、出店で楽しむグルメや、舞台での伝統演芸、また餅まきと言った大人から子供まで楽しめるイベントを楽しみにされていた町内の方から嬉しい励ましのお声を多くいただきました。

 今年は徹底した感染症対策を大前提に、より一層パワーアップした食の感謝祭を実施し、食の感謝祭が町民の皆様に末長く愛され続ける海士町の秋の恒例行事となるよう企画と準備を進めて参りますので、みなさまぜひ楽しみにお待ちいただけますと幸いです。


後鳥羽院遷幸800年記念 / 磯田 由香里

 昨年は本来であれば後鳥羽院遷幸800年の記念年に向けて活発に動き出す年のはずでしたが、残念ながら新型コロナウイルス感染症の影響で足踏み状態となりました。和歌短歌俳句の各部門ともに表彰式とツアーを行う予定も延期に。再度選者の先生方と日程調整をし、秋にそれぞれ再設定もしましたが、やはり実現することが出来ませんでした。来島希望をいただいた皆様にはご期待に添えることが出来ず申し訳ありませんでした。

 このような状況で中止となった事は初めてで、スタッフ一同、悔しく、寂しい1年を過ごしました。そんなコロナ禍の状況の中でも、以前海士町を訪れてくださった方、作品を投稿して下さった皆様から、たくさんの励ましや期待のお言葉をいただく事もあり、皆様とのご縁に改めて感謝する1年にもなりました。ありがとうございました。

 2021年度の各部門の表彰式およびツアーに関しては日程調整中の為、期日のご案内はまだできませんが、「後鳥羽院遷幸800年記念」の年である2021年は、海士町では記念神輿渡御や島民劇を、また来年2022年には奉納牛突き・裏千家献茶式・御番鍛冶などを企画、調整をしており、和歌短歌俳句部門でも記念の特別企画を予定しておりますので、ご期待くださいませ。昨年、皆様をお迎えできなかった時間は充電期間だと思い、より一層の心を込めたおもてなしが出来るよう準備を進めてまいりたいと思います。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 最後になりましたが、隠岐後鳥羽院俳句大賞の選者でいらした、有馬朗人先生が昨年12月にお亡くなりになられました。有馬先生のご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げますとともに、心からご冥福をお祈りいたします。


海中展望船あまんぼう / 藤尾 ことみ

 2020年4月より入社しました藤尾と申します。一昨年度は学生インターンとして、そして昨年度より正式にスタッフとして、主にあまんぼうのガイドを勤めさせていただいております。 

 昨年度は3,000人を超える非常に多くのお客様にご乗船いただいたあまんぼうですが、今年度は新型コロナウイルス感染拡大防止の為、運航を休止させていただきました。昨年で運航27年目を迎え、島内外のたくさんの方々に愛されているあまんぼう。その運休は苦渋の決断でした。「今年はあまんぼうやってないの?」と沢山のお問い合わせや運休を嘆く声をいただくたびに、もどかしさが募りました。

 しかし、それと同時にあまんぼうの存在の大きさを実感し、また、来年度こそたくさんのお客様にご乗船いただきたい、海士の風景を、海の中の様子をお楽しみいただきたい!という気持ちが強くなりました。

 2021年度は、アルコール消毒や換気・マスクの着用など徹底した感染予防対策をとり、運航を再開する予定です。

 一人でも多くのお客様にご乗船いただき、海士の自然や文化を知って、好きになっていただく。そして、「また海士に来たい!」と思っていただくことが目標です。

 昨年の分も笑顔いっぱい一生懸命に、楽しくガイドに努めて参ります。ぜひあまんぼうに乗りにお越しください!今年もどうぞよろしくお願い致します!


コロナ禍の新しい旅のカタチ「リモートトリップ」 / 篠原 絢子

 新型コロナウイルス感染症が騒がれ始めた昨年3月、島ファクトリーでは今後の島の観光のあり方について緊急会議を行いました。

 お客様には来島自粛のお願いを島としてさせていただくことがほとんど決定しており、観光業を担う私たちにできることがないかを模索する会議でした。その中で案として出たのがオンライン会議システムzoomを使い、リアルタイムで海士町を旅していただくオンラインツアー「リモートトリップ」でした。リモートワーク、テレワークが浸透し始め、それを旅行にも応用できないか、とにかく一度やってみようと試みた1回目が4月5日でした。そこから毎回試行錯誤をし、現在では通算15回のリモートトリップを催行。参加者の方には事前に海士町の特産品(岩牡蠣やさざえ)をお送りし、リモートトリップ当日には届けた牡蠣を一緒に開けたり、サザエの蒸し焼きの調理をしていただきました。画面に広がる海の景色、波の音、牡蠣やサザエから立ち上る潮の香りの相乗効果で自宅にいても五感で楽しんでいただけるオンラインツアーとなりました。9回目ではJALとのコラボレーションも果たし、今後の可能性にスタッフ一同ワクワクしています。

 どんな状況でも今できることを考え、前向きに進んでいく所存です。

 ・リモートトリップについてはこちら


退職のご挨拶 / 太田 章彦 

 2020年の10月末をもって、海士町観光協会を卒業しました。

 8年という自分にとってはとても長い時間を過ごしました。この8年という時間は、島ファクトリーという会社ができ、「島会議」が始まり、離島キッチンという全国の離島のアンテナショップができ、「島食の寺子屋」が始まり、隠岐桜風舎ができて…といった具合に、たくさんのプロジェクトが生まれた時間であり、大変ではありながらもその大変さを上回る楽しさに溢れた仕事に挑戦するステージが、用意され続けた時間でした。僕は、そのなかでもとくに「マルチワーカー」という取り組みが挑戦するステージでした。

マルチワーカーは特定労働者派遣業を活用したもので、人手不足という地域課題に観光の視点からアプローチするべく、CASやホテルなどの仕事をつなぎ合わせて、その人と地域に合った働き方をする取り組みでした。2015年の法改正に伴い廃止になったのですが、この度2020年の6月にマルチワーカーを参考に、新たに「特定地域づくり事業」が法律化されました。

11月9日に設立された海士町複業協同組合は、「特定地域づくり事業」を活用するための組合で、退職後の僕の次のステージでもあります。海士町観光協会から生まれた取り組みが日本中に伝播するようにこれからもがんばりますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

・海士町複業協同組合についてはこちら



第三十三回 海士町情話 / 木割 大雄(俳人)


 <ないものはない>という海士町のうたい文句は素晴らしいと思う。ことばが美しいのではない。<無い>ということを誇りにした、その志が美しい。
 そのことばを大書したポスターを今も大事に所持している。私もそう思うからだ。だから何度も何度も旅人として訪ねてくる。行く、ではない、来るのだ。

 無いことの一番は、騒音が無いこと。人工的な騒音のないということがどれだけ気持ちのいいことか、都会人なら誰もが思う。都会のターミナルには必ずスピーカーから流れてくる音楽やら注意事項の呼びかけ。騒音。それが菱浦港には無い。
 菱浦港に降り立ったとき、先を急ぐのではなく、しばらく辺りの景色を見たくなる。空気を吸いたい。静かに耳を澄ませたい。そう思うのだ。ないものはない。けれど、と思わせてくれる。そして、
 「隠岐のどこが好き?」と人に聞かれると、
 「内航船に乗ること」と私は答える。島から島へ往ったり来たり。そんな旅の出来る隠岐が好き。

 甲子園球場に近いところで生まれ育った私には船に乗ることが殆どなかった。何しろ交通の便が良すぎるところで生きてきたのだ。そんな私が隠岐へ通うようになってもう二十年近くなる。近ごろはフェリーに乗船すると誰かしら島の人と出会えるようになった。島に友人知己が増えたのだ。そのことが嬉しい。
 初めて海士町を訪れたとき、小学校を訪問したい、島の子と俳句を語り合いたい、と観光協会にお願いしてみた。いきなりの無理な希望を申し入れた。するとどこの誰やら分からない私を、いいですと受けて下さったのは、福井小と海士小の二校。
 普通では考えられないことだ。半ば無理だとろうと思いながらの私の希望を受け入れるーもうそれだけで<ないものはない>という心意気の強さ、ふところの深さがあるではないか。


 海士小のこども達と明屋海岸で遊んだ。岩場の海岸をぴょんぴょん跳ねながら、貝ーカメの手という都会では高価なモノを獲ってくれる彼等の姿に感動した。都会の小学校では、そんな危険なことをすると大声で叱られる。
 金光寺山も彼等と登った。斜面に造られていた長い長いすべり台を、彼等とすべり降りた。あの名物は、いま、どうなったのだろう。

 福井小は、何と言っても学校林だ。
 あの急斜面をみんなで登って遊んだ。校舎を見下ろし、その前にある海を眺める。一緒に登った女の子が、
「ウルシの木があるから気をつけて」と教えてくれたのもいい思い出だ。男の子は、彼等のヒミツの基地を教えてくれた。すっかり仲良くなって、校長ともよく雑談した。用もないのに学校へぶらりと立ち寄り校長室で、たとえば
 「いい子たちばかりですよねェ」と私が言うと、
 「問題なんか起こらないんですよ。でもね、却って問題がないことが問題」と、苦笑しながら贅沢な悩みを語っておられた。

郁子の実や島に生まれて校長に                    大雄

 その校長に贈った俳句だが、そのムベの実を初めて見たのも海士町だった。
 海士町には観光ガイドブックに載らないけれど、私には不思議なモノが沢山あった。名もない(失礼)ような小さな神社に、後ろ向きの狛犬があったり、少しづつ大きくなる石の伝説があったり、原生林と呼びたい森や林には古木が沢山あり、大山の地下水が湧き出ているという伝説の名水があったりして、一人旅でも退屈することがない。
 
 


そんな隠岐・中ノ島へ俳句仲間といい会をもつことも出来た。弟子を沢山もっていて、普段はとても忙しい三人の俳人と、マリンポートホテルに泊まり夜遅くまで語り合うことが出来たのだ。
 弟子たちがくる前に、もう一人は弟子たちが帰ったあとも島に残って、ゆっくりと、地元では語り合えない話をすることが出来た。海の音、潮の香りのするところだから、日常から遠く離れたところだから心が解きはなたれたようにいろいろ語り合えた。それは至福の時間だった。
 隠岐を語るのではなく、隠岐で語る。それは換え難い場所なのだ。ないものはない、という隠岐・海士町とはそういう場所なのだ。

 ないものはないーとは言え、隠岐には歴史がある。伝説がある。まずは後鳥羽院御火葬塚と村上家。そして内航船に乗ればすぐそこの西ノ島町に後醍醐天皇の黒木御所跡。そして殆どの旅人が知らない僧・文覚の岩窟が、焼火山南面の絶壁にある。文覚とは後鳥羽上皇を批判して隠岐へ流されたという伝説の多い僧だが、その墓が知夫里島の松養寺にある。そして、
 
   わたの原 八十島かけてこぎ出でぬと 
              人には告げよ 海人のつり舟        小野篁

 この有名な一首の前書きには、隠岐の国に流されるける時に云々とある。隠岐は古来、歴史伝説の豊かな国なのだ。
 旅人としての私は、その島々で生まれ育ったこども達と語り合いたいと思いつづけている。そして、その島で旅人として訪ねてくる友人たちと語り合いたい、とも。

   百合の種 投げる遊びを 島の子と                 大雄


お知らせ

・後鳥羽院遷幸800年記念のロゴが決定しました。

  後鳥羽院遷幸800年記念 公式HPはこちら

・2021年7月より、マリンポートホテル海士はリニューアルオープンし、ジオパークの拠点施設も併設した複合型施設となります。新しいブランド名は「Entô」(えんとう)、ロゴは下記の通り決定しました。
オープンまで引き続きご支援のほどお願いいたします。

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・2021年度とって隠岐ツーデーウォークは新型コロナウイルスの影響により、開催中止となりました。