歴史(フィクション)
エメズドさん
これも以前ブログに書いた話を、少しリライトしたものです。
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海士町・御波(みなみ)地区の墓地に、二つの五輪塔があります。
島の人にエメズドさんと呼ばれ、大事に守られてきました。
エメズドさん?
なんか妙に気にかかる、不思議な響きを持つ名前。(だか何だか分からないけど)
ようするに古墳らしいですが、かなり偉い人か権力のある人のお墓のようです。
しかし残念ながら史料が何も残っていないみたいです。
奈良時代に隠岐に遠流になった都の豪族の墓ではないかという人もいるそうですが、確かなことは分かりません。
面白いのは「村が一大事のときにこの五輪塔の下を掘れ」という言い伝えがあるそうです。
ウェブ検索すると1件だけ見つかりました。→「隠岐 海士町 伝説・民話・神話」より
地元の人でも詳しく知っている人はほとんどいないエメズドさん。
「エメズドさん」という呼び名はどこから来たのでしょう?
ひとつは「延命地蔵さん」が訛ったという説。
延命地蔵→エンメイジゾウ→エメジゾ→アメジゾ→エメズド
ということですか。
もうひとつは「夢地蔵さん」が訛ったという説。
夢地蔵→ユメジゾウ→ユメジド→アメジド→エメズド
なるほど。夢地蔵はちょっとステキですね。
でも… 大昔の人が「延命地蔵」とか「夢地蔵」って名前を付けるようには思えないし…
私はまた想像力をフル回転し、こんな話を考えました。
………………
ひどい嵐だった。
見渡してもどこにも陸地などない太平洋上で、小さなヨットが木切れのように波にもまれていた。
ただひとりの乗員であるアメリカ人の男は、もはや体力も尽き果て、折れたマストにかろうじてしがみついていた。
そのとき、ひときわ大きなうねりに襲われ、ついに船は転覆し、男は海中に投げ出された。
男は船のどこかで頭を強く打ち、意識を失ってしまった、
「ありゃ、なんだ?おぉ、人だねぇか!こりゃぁ大変だー。早く助けねぇと」
漁師は海に浮いている人間を彼の小船に引きずりあげ、あわてて岸につれて帰った。
漁師は仲間を呼んで、おぼれていた男を村まで運んだ。
「なんともまぁ、妙な男だなぁ」
「顔も変わってりゃぁ、身なりも変わってる」
「目が青いし、髪の毛が金色だぁ」
男は親切な村人たちに手厚く介抱され、なんとか少し意識が戻った。
しかし、残念ながらもう虫の息。
薄っすらとした意識の中で、男は目を開いた。
(ここは… どこだ… 私はまだ生きているのか… この人たちが助けてくれたのだろうか。
東洋人のようだが… いや、そんなはずは… )
アメリカ人は、自分の身に起こった訳の分からない状況に最後の一言。
「I'm amazed…」(驚いた…)
そして間もなく息を引き取った。
昔々。今から千何百年も前のこと。
未来世界の嵐の海から、なんかのはずみでタイムスリップしてしまったアメリカ人は、隠岐の中ノ島付近の海に突然現れ、そして海士村・御波で死んだ。
村人たちはこの男が最後に言った言葉「I am amazed」から、男のことを「エメーズドさん」と呼んだ。
村人たちは、今までにも島に流れ着き亡くなった他国の人に、簡単な墓をつくってあげていた。しかしこのエメーズドさんは、今までの外国人たちとは違っていた。
金色の髪に宝石のような青い目。見たこともない奇妙な服装。
村人たちはこの男に神々しいものを感じ、あんまり粗末に扱ってはいけないと考えた。
そこで五輪塔の墓を建ててあげることにした。
男が身に着けていたものや持ち物(それらは村人たちには到底理解できないものだった)も塔の下に埋めてやった。
どこからやって来たか分からない、奇妙な容姿と服装の不思議な男「エメズドさん」に、村人たちは神秘的なものを感じ、その後も代々五輪塔を大切に守ってきたそうな。
五輪塔の下には、男が身に付けていた腕時計、携帯電話、アクセサリーなどが埋まっているということは… 今では誰も知るものはいない。
(おわり)
………………
しかし、タイムスリップとか好きだねぇー。
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■小野篁外伝 Episode 3 出会い、そして別れ
Episode3の最終回です。
ではさっそく先週の続きを。
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娘は心臓がひとつ大きな音を立てたのが聞こえたような気がした。
そこには背の高い、美しい顔立ちの男が立っており、涼しげな瞳でこちらを見ていた。
その瞳の奥は透明で、生まれて始めて恐いものなど何も感じさせない男であった。
― このお方は、もしや夢の中の男の人?
娘は何故だか涙が溢れそうになり、必死でこらえた。
男の方も驚きを隠せなかった。
一目で分かった。
この娘が自分の妹だと。
今までいろんな女を見てきたが、この娘は他のどの女とも違う。もちろん顔の美しさもだが、この世の中に馴染みきっていない別世界の人のような雰囲気がある。
小野篁(おののたかむら)はそう思った。
二人は並んで草の上に腰をおろした。
篁は娘にこれまでの事情をすべて話して聞かせた。
話を聞きながら娘は大きな瞳から涙をこぼした。
「そうだったのですか。とても不思議なお話ですね。
この玉が私を本当の父上がいる時代に連れて行ってくれるのですね。
私はそのお話を信じます。
私にはあなたが… 本当のお兄様だということが分かりますから。
いつもお兄様のことを夢で見ていたのです」
そう言って娘は篁の胸に顔をうずめて泣いた。
その時、数人の男の野卑な声が聞こえた。
「おいおい、見せつけてくれるではないか。
ん?お前。見かけぬ男だな。
その娘は俺が目をつけた女だ。見過ごすわけにいかぬな」
ひとりの男が近づき、脅すように刀で篁の顔を撫ぜた。
篁の刀と弓矢は少し離れたところに置いてあった。それを別の男がにやけながら拾い上げていた。
「見過ごせぬならどうしようと言うのだ?」
少しも怯まず、篁は立ち上がった。
篁の背の高さに、逆に剣を持った男が少したじろいだ。
「な、何だと!?女みたいな顔して、生意気な!娘の前だからといって格好つけやがって。
その言葉、後悔させてやるわ!」
男は大上段に篁に切りかかってきた。
見かけとは違い、人々に『野狂』と呼ばれるほどの反骨精神と荒っぽさを持つ篁である。知らないこととはいえ相手が悪かった。
男の刀は簡単によけられ、篁に足をかけられ思いっきり転んでしまった。
「くそっ!」
別の男が隙を見て娘の手を引っ張った。
その拍子に娘が手に持っていた玉が手からこぼれ落ちた。
「なんだこの玉は?」
「返してください。それが無いと…」
「そんなに大事なものか?返してやるから俺たちと一緒に来い」
男がさらに強く娘の手を引いた。
「娘の手を離せ。さもなくば痛い目にあうだけでは済まなくなるぞ」
篁が低い声で言った。
体全体から恐ろしい雰囲気が溢れていた。
男は娘に刀を当てた。
「来いよ。女がどうなっても知らないぞ。ふん、こんな玉こうしてやるわ!」
男は玉を足元の岩に思いっきり投げ付けた。
篁は胸元から素早く何かを出し、それを男に向けて蹴り飛ばした。
それは篁がいつも持ち歩いている蹴鞠(けまり)の鞠であった。
鞠は見事に男の顔面をに命中した。
はずみで落した男の刀を取り上げ、みね打ちではあるが容赦無く男の肩口を打ち付けた。
男は悲鳴を上げた。おそらく鎖骨は砕けたであろう。
仲間がやられるのを見ていた男どもは、倒れている仲間を担いで、一目散に逃げ出した。
篁は玉を拾い上げ娘に手渡した。
「思いがけないことになってしまった。こんなことなら逆らわずに適当にあしらっておけば良かった。
俺は理不尽なことや侮辱されることが許せないたちなのだ。
玉にひどく傷がついてしまったが大丈夫だろうか」
篁はまもなく妹が未来に戻る時間であるということを思い出した。
「さあ、その玉を早く袋に入れて、しっかり見につけておくのだ。もうすぐ本当の父上に会える筈だ。
俺もすぐに行くからまた後で会おう」
「では先に行ってお待ちしております。お兄様」
そう言い終わったとき、妹の姿は突然消えた。
「良かった。壊れていなかったみたいだな。
あぁ、そうだ。妹に名を聞くのを忘れておった。まぁいいか。すぐにまた会えるからな」
その数分後、平安の世の山里から、篁の姿も消えた。
…………………………
時空間転移装置に篁が戻った。
「只今戻りました、父上」
「おやっ、篁か?妹はどうした。先に帰ってくるはずなのに。会えなかったのか?」
博士は心配そうに尋ねた。
「いや、そのようなことは… 確かに妹が先に姿を消しましたが。
まさか、まだ帰っていないというのですか!」
篁は珍しくあせった。
「実は向こうでちょっと諍いに巻き込まれまして、玉を傷つけてしまったのです。そのせいでしょうか?」
「そうかも知れないな。
えらいことだ。もう娘には会えないかも知れないぞ」
「父上!もう一度妹と出会う少し前の時へ俺を戻してくだされ」
「おお!そうだな。お前は頭がいいぞ。ではそうしてくれ」
博士は篁を過去に戻した。
そしてすぐに篁は研究所に戻ってきた。
彼にとっては数日が経っていたのである。
「父上、だめです。妹と会った同じ場所に行ったのですが、会えませんでした。
例のくだらない男どもは現れましたがね。
これはいったいどういうことでしょうか?」
博士はしばらく考えて答えた。
「やはりそうか…
同じ人間が二人同時に存在することはできないのだ。たとえ時代が違ってもだ。
篁よ。お前は今ここにいるよな。
ということはお前が消えた時からあとの時代には、お前は存在しないのだ。
ただし、お前が未来に飛ぶ前の日には、お前は存在する。
しかしそれはもはや別の世界なのだ。
お前が未来にジャンプして過去から消えた瞬間に別の世界になってしまったのだよ」
「父上。まったく意味が分かりませぬが…」
篁は首を捻った。
「うーん。つまり分かりやすく言えばこういうことだ。
時はミルフィーユのように重なっているのだよ」
「ミルヒ…なんですかそれは?よけい分かりませぬ」
「パラレルワールド…もわからんよなぁ。
とにかく時の流れは一本ではなく無数にあるということだ。
例えばふた手に分かれた道があった場合、右に進んだ未来もあれば、左に進んだ未来もあるのだ。
誰にでもそういうことがあるだろう?どっちにしようか迷うとき。そういうときは両方の未来が存在するのだよ。
だから未来は無数にあるはずなのだ」
「なんか少し分かったような気がします。しかしそれであれば、妹はもう別の世界に行ってしまって、二度と会えぬというのですか!」
「いや、過去に戻って妹に会えなかったということは、逆に同じ時の流れの中に存在している証拠だと思う。娘には必ず会えるはずだ」
博士は試しにもう一度呼び戻そうと装置を操作し、玉に発信した。だが、やはり戻っては来なかった。
「父上!もう一度試してくだされ」
篁は頼んだが、博士は首を横に振った。
「だめだ。何度も続けてはできない。娘はどこか別の時代、別の土地に移動したことは確かなのだ。
ただそれがどこだかは分からない。
そしてさっきもう一度発信したことで、娘はまたどこか違う時代、場所に行ってしまったはずだ。
そんなことを何度もするわけには行かない。
娘を苦しめるだけだからな」
無言で沈痛な空気が漂う中、篁が口を開いた。
「では、俺の方から探しに行きます。」
「探すって、何処を探すのだ?見当もつかないのだぞ」
「良いのです。俺の責任なので。見つけるまで探します」
博士はしばらく考えて言った。
「お前は過去の世界に住む人間だ。元の時代に帰らなければならない。そしてそこではあまり目立って定まった未来に影響を与えるようなことをしてはいけない。
だからこうしよう。毎夜、人が寝静まった丑三つ時にこちらに呼び戻す。そしてこの時空間転移装置から、妹を探すために毎日違う時間場所にお前を送り出すことにする。そしてまた元の時代に、人々が眠っている時間にお前を送り返すことにする。それでどうだ?但し、目立たぬよう元の時代からこちらに来るときは屋敷の庭の井戸の中から来るようにしろ。分かったか?」
「分かりました。そのようにします」
篁は答えた。
「そしてもうひとつ大事なことがある。元の時代に帰ったら、今までのように目立った振る舞いをせず、学問に専念し真面目に暮らすのだ。約束してくれるか?」
「分かりました。妹を探すためなら言われるとおりにいたします」
……………………………
都に戻った篁は、人が変わったように勉強に励み、翌年21歳にして文章生の試験に受かり、父と同じ官吏の道を歩むことになる。
そして毎夜庭の井戸の中に降りていった。
もちろん伝説として残っているように、冥界で閻魔の助手をするためなどではない。
未来の父の研究所を経由し、妹を探す時の旅人となるためであった。
……………………………
エピローグ
篁は妹に出会い、そして会えなくなって以来、和歌を書くようになった。
妹がその歌を受けて返歌を作ってくれたらそれを手がかりに妹のいる時代と場所が分かるかもしれないと考えたからである。
その代表的なものは次の歌である。
泣く涙 雨とふらなん 渡り川 水まさりなば 帰りくるがに
「私の涙が雨のように溢れ、三途の川の水が増えれば、きっと妹はあの世に行けずこの世に帰ってくるだろうに」
これは実は、過去か未来か分からない時代に行ってしまった妹を思った歌で、渡り川とはあの世とこの世の境にある川、つまり三途の川のことであるが、これは過去と未来をつなぐものという意味である。
そしてこの水が増せばとは、時空間転移装置の受信機である玉が元に戻れば
ということである。
この他にも妹へ宛てた歌が残っているため、後世では実の妹と恋に落ちたと誤解され、禁断の恋物語として語り継がれることとなる。
そして妹の方はどうかというと、やはり同じように兄にもう一度会いたいという気持ちで、多くの歌を残している。
そして実は、彼女は後世にも多くの痕跡を残しているのだ。ただ残念なことに、何度も違う時代違う場所に移動させられたため、生没年月日も経歴も不詳ということになってしまった。
彼女の残した歌に、どうやって知ったか、隠岐(海士)に遠島になった篁に宛てた歌がある。
あまのすむ 里のしるべにあらなくに 浦見んとのみ 人の言うらむ
「私はあまの住む里の案内人では無いというのに、なぜあの人は浦を見る(怨みますよ)とばかり私に言うのでしょうか」
この歌は隠岐の國・海士に流された篁が、さぞかし世の中を怨みながら毎日を暮らしていることだろうと想像して書いた歌である。
また、夢で篁に会っていたという話をしたことを思い返し、こんな歌を残している。
思いつつ ぬればや人の見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを
「あの人を思いながら眠ったので、夢に見たのでしょうか。夢だと分かっていたなら、目覚めたくなかったのに」
夢路には 足も休めずかよへども うつつにひとめ 見しごとはあらず
「夢の中ではあなたに会うためには足も休めず通いますけれど、現実でひと目お会いすることにはかないません」
最後に彼女の代表作。
花のいろは うつりにけりないたずらに わが身世にふる ながめせしまに
あまりにも有名な歌であるが、これは会いたい人に会えず、むなしく時を行き来する自分の哀れさを歌ったものだということは、知られていない。
もうお分かりでしょう。
篁の双子の妹・小野小町は数奇な運命を背負い、日本の各所に現れてはまた消え去った。
しかし、そのあまりの美しさゆえ、さまざまな伝説が彼女が時を旅して訪れた土地に、今でも伝説として残っている。
小野小町が90歳以上も長生きをしたという言い伝え、そして小野篁の孫であるという言い伝えも、これでお分かりいただけたか…
(おわり)
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小野篁外伝 Episode 3やっと終わりました。
いつかきっとEpisode 4を書こうと思います。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
感想などはこちら→amana事務局までお寄せください。
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■小野篁外伝 Episode 3 未来への帰郷
そろそろこのエピソードもクライマックスを迎えています。
どのような結末になるのでしょうか…
今回はちょっと長めのエントリー。
…………………………………………………………
― 幼い頃より、いつも何かが欠けているようなこの満たされぬ想い。
なぜなのでしょう…
いつも夢に現れるあのお方…
あのお方が原因なのでしょうか…
お会いしたこともない殿方に恋をしているのでしょうか。
いいえ、決してそのような気持ちではありませぬ。
例えて言えば…
あの方は私の体の一部のような、そのような気持ち…
……………………………
その男は都の大通りを、弓矢を装着した狩装束で馬にまたがり、人通りを掻き分けるように進んでいた。
切れ長で睫毛が長く黒目がちの瞳は、それだけを見ると女のように見える。しかしその下につづくシャープな輪郭と形の良い鼻、引き締まった口元が男らしさを際立たせている。
「今日も山に狩に行ってたようだな」
「毎日遊び歩いているようにしか見えんな」
「学問に秀でた家柄に、何故あのような人が生まれたのかなぁ」
「捨て子だったのを拾って育てたという噂も、誠かも知れぬぞ」
町の男たちは彼を見ると、眉をひそめてコソコソと囁きあった。
「いつ見ても凛々しいお姿だこと」
「この世の人とは思えないほど美しいお顔…」
「見かけによらない荒々しさがたまらない…」
男たちとは違って、町の女たちは彼を見ると皆うっとりとした。
一人の娘が勇気を出して馬上の男に近づき言った。
「あの… これは私が作ったおはぎですが、食べていただけますか?」
男は馬から降り立った。
身長188cm。その当時としては考えられないほどの大男であった。
しかし引き締まった体と小さな顔は絶妙のバランスがとれており、不自然さは少しも無かった。
恥ずかしげに頬を染め男の顔を見上げる娘の目を真っ直ぐに見て、男は微笑を浮かべ優しく言った。
「うまそうだな。ありがとう」
普段は冷たいような印象を受けるほどの整った顔だが、微笑むと女の心をとろけさせるような魅力的な甘さが加わる。
娘は頭がぼーっとして倒れそうになった。
その男の名は小野篁。
まもなく二十歳になろうとしていた。
「父上、今帰りました」
篁が声をかけると、父岑守はしばらく彼を見つめて、お決まりのセリフを言った。
「篁よ、弓や武術に励むのも良いが、お前は長男なのだから、そろそろ私の跡を継ぐことも考えて書生として宮中に仕える試験を受けてはどうか?」
「またその話ですか?いつも言うように俺には学問は性に合わないのですよ」
篁が答えると、父はやれやれという風に、何も言わず目を伏せ、小さく首を振りながら仕事に戻った。
―顔を合わすたびにあのようなことばかり。親子だと言うのにどうしてこうも性格が違うのだろう。
篁はひとつため息をつき、とりあえず風呂に入って汗を流すことにした。
その時、突然いつも彼が身につけているお守り袋が、ぶるぶると震えだした。
一体何事かと取り出してみると、袋をとおして中の玉が光っているのが見えた。
袋の中を覗くと、光る玉と一緒に折りたたんだ紙が入っていた。
―これは何だ?こんな紙、今まで入ってなかったのに… おや?何か書いてあるぞ。
篁はその紙を取り出し読んだ。
― …我が子篁よ。主に告げることがある…
(なんだ?父上が入れたのか?)
…赤子の折、岑守に預けし日より数えて早二十年が経とうとしている。
(なんだって?預けた?)
…主は岑守の子ではない。一度我に、真の父に、立派に育った姿を見せよ。
明日の夕刻こちらの世に呼び戻す。
必ず狩の姿で待っておるのだぞ。
何が起こっても驚くでない…
(この文はなんだ?まことの父上とはどういうことだ。)
篁は光る玉をつまみ上げ、不思議そうに長い間見つづけていた。
……………………………
「小野博士。我々に協力する気になりましたか?」
乱入してきた男のひとりが、この研究所の所長に聞いた。
「とんでもない。お前たちに協力すればどんなことになるか目に見えている。
自分たちの都合のいいように過去を変え、好きなように金儲けをするつもりだろう。
いや、それどころか世界征服だって考えているはずだ。そうだろう?
俺の気持ちは変わらない。さっさと帰ってくれ!」
所長は吐き捨てるように言った。
「そうですか、仕方が無いですね。では力ずくでも協力してもらいますよ」
男は拳銃を向けた。
「俺を殺せばこの装置は動かせないぞ。操作に関する大事な部分は、俺の頭の中にしか残していないからな」
「それじゃぁ、協力するまでこの研究所は我々が封鎖し、あなたには我々と一緒に来てもらいましょう」
男たちは所長の腕を両側から掴んだ。
―まだか。もうそろそろのはずだが…
所長がそう思った時。時空間転移装置がブーンと小さな音を立てた。
中に人影が現れた。
映画の撮影所から抜け出したような、中世の狩装束のいでたちをした若い男だった。
「…ここはどこだ?…夢の中か?」
装置から出て若者はあたりを見回した。
「篁か!助けてくれ!俺はお前の父親だ!」
所長が大声を出したので、ぽかんとしていた侵入者たちも我に返り、その若者に銃を向けた。
若者は装置の影に飛び移った。『殺すな!』という所長の声を耳にした時には、すでに目にも止まらぬ速さで男たちの数だけの矢を放っていた。
矢は銃を握った男たちの腕にみごと命中していた。
若者は腕を押さえ呻く男たちのみぞおちに拳を当て、残らず気絶させた。
「見事だ篁よ!それにしても立派になって。
本当に俺の息子なのか?さっきまで赤ん坊だったのになぁ…」
小野博士は過去から呼び戻した実の息子を見つめた。
「何を言っておられるのか訳が分からぬが、そなたが袋に文を入れたのですか?
しかし、ここはどこなのです?奇妙なところだが…」
篁の問いかけに博士は答えた。
「そうだ。俺が手紙をお守り袋の中に転送したのだ。
そしてここはお前が生まれた時代だ。お前は1200年の時を超え、たった今戻ってきたのだ」
篁は首をひねった。
「まだ良く分からぬ… もっと分かるように話してくださらぬか」
「そりゃそうだな。長い長い話をしなけりゃな。
それよりもこいつらを何とかしないと。ちょっと手伝ってくれ」
博士は気絶している男たちを紐で縛りあげた。
「もうこれで安心だ。まさかこんなにうまく行くとは想像以上だった。篁よ本当にありがとう。
後は明日お前の双子の妹が戻ってくるのを待つだけだ。
篁よ妹も元気か?」
博士はすべてが首尾良くいった安堵感と、子供たちにとっての20年という長い歳月を想い、涙をこぼしながら尋ねた。
「妹?…何のことですか?俺には双子の妹などおりませぬが」
篁の返事に博士は愕然とした。
「なんだって!大変だ…
やっぱりたとえ赤ん坊でも二人一緒には転送できなかったのだ。
それじゃ、あの子はどこに行ってしまったんだ?
あぁ、俺はえらいことをしでかしてしまった…
しかしまだ望みはある。あのお守り袋を持ってさえいてくれたら、明日戻ってくるはずだ…
とにかくそれを待つしかないな…」
そばでキョトンとしている篁に気づき、博士は言った。
「心配していても始まらない。とりあえずお前に分かるように話をしよう。
長い話になるぞ。お前の話も聞かせておくれ。
時間はたっぷりある」
………………………
翌日。
間もなく妹が時空転移装置に戻ってくるであろう時刻。
昨夜一晩中かけて、博士は子供たちを過去に送った経緯や双子の妹のこと、亡くなった実の母親のことなどを篁に詳しく話して聞かせた。
「とても信じられぬ話ですが、大体のことは分かりました。
言われてみれば、子供のころから周りの世の中になぜか馴染めない思いがしていたのも、そのためかもしれませぬ。
ではそなたは…いや父上は、これから俺がどのような人生を歩むかも知っておられるのですね。
教えてくださらぬか?」
博士は首を横に振った。
「それは教えられない。一旦こちらに戻ったからには、未来を教えて返す訳には行かないのだ。
お前はお前の思うように生きればいいんだ。なるようになるから。
ただ、帰ったら学問には励むようにしろよ。そういう運命なのだ。それだけは言っておいてやろう」
博士がそういい終わった時、装置が小さく唸りを上げ、人影が現れた。
妹か、と二人が見ると、現れたのは粗末な着物を着た若い男だった。
「誰だお前は?」
博士は聞いた。
「はぁ~。そいつはこっちが聞きてぇよ。あんたら誰だ?そんでここは何処だ~?」
現れた男は驚いて目をまん丸にして、のんびりした口調で答えた。
「もしかしてお主、玉の入った錦織の袋を持っているのか?」
今度は篁が聞いた。
「あぁ、袋はねぇけどこれだろ?ゆんべこの玉が震えたり光ったりするんで、おかしいとは思ってたんだ~」
男が答えると、篁が恐い顔で睨みつけた。
「お主その玉をどこで手に入れた。まさか妹に何かしたのではないだろうな」
男は怯えて答えた。
「こ、これはずっと昔に見つけたんだ~。おらがわらべの頃だから、もう20年も前になるかな~。不思議なことがあったんだ~。柿木の上によぅ、赤子がおったんだ~。鳥にでも突かれたらいけねぇと思って、おらが下ろしてやったんだ。
そん時、助けてやったお礼代わりに袋の中のきれいな玉を貰ったんだ。もちろん赤子がくれたわけじゃなく、おらが勝手に取ったんだけどさ。でも、それぐらいいいだろう?命を助けてやったんだから」
その先を博士が尋ねた。
「まぁいい。それより、その赤ん坊はどうした。今どこにいるんだ?」
「そん時ゃ、持ってた袋に『小野なんとか』って書いてたんで、てっきり小野様に関わりがあると思ってお屋敷に連れて行ってやったんだ~
そしたら小野様も驚いておったけど、『神が授けてくれた』とか言って喜んでおいでじゃった。大きなお屋敷じゃから幸せに暮らしているんではないかのぅ」
男の話を聞いて、篁が大きな声を出した。
「おぉ!思い出したぞ。その話なら知っておる!」
「なんだ、篁、お前知っているのか?」
博士が聞いた。
「確かおれが13歳の頃、父上に… あちらの父上に連れられて陸奥の國におったときに聞いたことがある。…そうか。その子が俺の妹であったか。
しかしおかしい… 双子なら同い年のはずだが、その時たしか5,6歳の女の子だと聞いたが…」
「俺も良く分からんが、無理して二人同時に送ったため、妹だけ違う時と場所に転送されてしまったのかもしれない。」
博士の言葉に篁は納得したようにうなずいて、つづけて言った。
「それではとにかくこの玉をその子に渡しに行けばいいのですね。
俺が行ってきます。父上、俺をその時代のその場所に送り届けてください。」
「お前はなかなか理解が早いなぁ、さすが俺の子だ。俺も今そうしようと考えていたところだ。三日もあれば探せるか?…そうか。それなら三日後に呼び戻すようにこの玉をセットしておこう。必ずそれまでに妹を探し出してこの玉を渡してくれよ。お前もその少し後から一旦こちらに呼び戻そう。
そうだ、5つや6つじゃ事の理解ができないだろうから、それから10年後の15,6歳のころにしよう。頼むぞ篁。」
博士はそう段取りをすると、まず関係ない男を時空間転移装置に入れて過去に送り返し、次に篁を過去の妹のところに転送した。
………………………………
娘は野の花を摘んでいた。
年の頃は15,6歳。
黒目がちの切れ長の大きな瞳に二重まぶた。長い睫毛が愛らしい。
遠くの村でも評判になるほどの美しい娘であった。
いわゆる日本的美人ではなかったが、異国の人形のような可憐さが年頃の男たちの心を引いた。
―後ろから誰かが近づいてくる。男の人かしら。声をかけられたら嫌だから、振り向かないでおこう。
娘は男が恐かった。
自分を見る目の奥に、何か恐いものを秘めているような気がしていた。
それが男の欲望だということは知る由もなく、ただ自分の顔が他の女の人とは違うため、好奇の目で見られているのだと思っていた。
「もし、そこの娘子よ。」
― やはり声をかけてきた。聞きなれない声… でも何故か懐かしい、心地良い響き…
「そなたは錦で織られた小さな袋をもっておらぬか?」
「えっ!」
親以外誰も知らないはずのことを聞かれ、娘は思わず声を出して振り返った。
(つづく)
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いよいよ来週がこのエピソードの最終回です。
どうぞお楽しみに!(…してる人がいるんでしょうか?ブログの設定が悪いのか、コメントが書けないようです)
感想などはこちら→amana事務局までお寄せください。
よろしくお願いしまーす(^-^*)ノ
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■小野篁外伝 Episode 3 時空を旅する(その2)
「こら、篁!お前ももうすぐ元服の歳だというのに、いつまでも子供のように山野で遊びまわっておるでないぞ。少しは勉強をしないか。」
岑守はため息をついた。
都では同じ年頃の者たちと徒党を組んで悪さばかりするので、赴任先の陸奥の国に一緒に連れてきたものの、相変わらず遊んでばかりの息子にほとほと手を焼いていた。
「父上。机の上で学ぶだけが勉強ではないですよ。俺は武術で出世するから心配しないでください。」
篁このとき13歳。すでに身長は父を超えており、人並みはずれた美少年に育っていた。
「それより父上、ちょっと面白い噂を聞きましたよ。」
「どんな噂だ?」
「この山を越えた里に小野の血筋の人たちが住んでいて、そこに神から授けられたという女の子がいるらしいのですよ。」
「何だって!」岑守は大きな声を出した。
―世の中には似たようなことがあるものだなぁ。
おぉ!そういえば篁が家に現れたとき、文に双子がどうとか書いておったな。
何か篁と関わりがあるのだろうか。
「そ、その子の歳はいくつだと言っておったか?」
「確か5つか6つだとか… どうしたのですか?そんなに驚いて。」
「あぁ、いやなんでもない…」
―思い過ごしか。双子ならば同い年のはずだ…
岑守は篁に出生の秘密も、双子の妹がいるのかもしれないということも話したことはなかった。
「父上。俺、その話を聞いたときに、何故か妙な気分になったのですよ。」
「どんな風にだ?」
「説明はしにくいのですが、すごく気になるのです。元気なのか、幸せに暮らしているのかとか。まるで大事な身内のことのような気持ちになったのです。」
岑守は返事ができなかった。
―その女の子が双子の妹であるはずはないが、篁には何か感じるものがあるのだろうか。
げに双子とは不思議なものよのう。
………………
里の子供たちが遊んでいると、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
どこからかと辺りを見回すと、なんと柿の枝に引っかかるように産着にくるまれた赤ん坊が乗っかっていた。
「わぁ!あんなとこにおるぞ!」
「降ろしてやらないとカラスにつつかれるぞ!」
「よし!おいらが助けてやる。木登りなら任しとけ!」
子供たちが口々に叫ぶ中、一番わんぱくそうな子が器用に柿の木に上り、赤ん坊を抱き上げた。
見ると首にきれいな小袋が下がっている。
―なんだろう、この袋は?なにやら字が書いてあるぞ。
あぁ、分かる字があるぞ。
おの…なんとかって書いてある。
あれっ。袋に何か入ってるぞ。
わぁ!なんだこれ?きれいな玉だなぁ… これはおいらがもらっておこう。
子どもは木の上から大声で言った。
「お~い!この赤ん坊、小野って書いた袋を下げているぞ。みんなで小野様の屋敷に連れて行こう!」
木の上の子どもは、もう一度こっそり手の中の玉を見て、うれしそうに微笑んだ。
時は西暦809年。奥州、七里ヶ沢(現在の福島県)でのこと。
………………………
男は赤ん坊に持たせるお守り袋をもう一度確認した。
はるか昔の我がご先祖様「小野妹子」生誕地と言われる、琵琶湖の側の『小野神社』まで行ってもらってきたものだ。
男はお守り袋の中に入れたものを見た。
実はこれは時空間転移装置の受信機のような機械であった。
―なかなか神々しい玉じゃないか。これを持たせておけば、またお前たちをここに呼び戻すことができるのだ。絶対なくさないでくれよ。
子どもが二十歳になった時、この玉の入ったお守り袋を身につけていれば、こちらの世界に呼び戻せるようにセットしてある。
いきなり呼び戻されても混乱するだろうから、その前日にお守り袋の中に手紙が入るように転送しておいた。その時にこの玉が光って振動するような仕掛けもしておいた。
手紙には何があっても驚かないようにと、神のお告げのような雰囲気を出して書いておいた。
完璧だ。
これで何の問題も無いはずだ。
時は、双子の赤ん坊を過去の世界に送り出す前日のこと。
(つづく)
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■小野篁外伝 Episode 3 時空を旅する
このお話は、もう隠岐も海士も関係なくなってきました。
それどころか、史実とまったく関連さえしないです。
それでもよければ、どうぞお読みください。
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―おや?またこのようなものが。
その屋敷の主人は部屋の中央に落ちていたものを拾い上げ、首をひねった。
それは錦織の小さな袋で、金の刺繍で『小野神社』と書いてあった。
―一体どういうことだ。昨日は赤子が遊ぶ木のおもちゃのようなものが落ちておったが…
しかしこれは、なんとも綺麗な袋であるな。ここに書かれた字はどういうことだろう。小野というのは我が名に関わりがあるのか?神社とはなんだ?神の社… 神の住まわれる所ということだろうか。
中には何が入っておるのだ?文(ふみ)のようだな。なになに、「わが子を授ける。そなたの子として育てよ。」…
何と!どういうことだ。全く訳が分からぬ。
(まだ現在のような、神社も錦袋に入ったお守りも存在しない時代のことだった)
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「よし準備O.Kだ。あとは運を天に任せるしかない。」
不安で押しつぶされそうになる本心を誤魔化すように、男は声に出した。
男は科学者であった。
人類史上初めて物体を時間を越えて移動させる装置を発明し、実際に今その装置を使ってあるものを過去に転送したところである。
時間を移動させるといっても、未来には転送できない。ここにある本体の中に入れたものを過去に転送させることと、転送したものを過去からまたこの本体に戻すことしかできない。
我が子である双子の赤ん坊を危険な状況から逃れさせるための準備を終えた男は、もう一度計画を反芻した。
―子供たちを送り届ける時代は平安時代初期。
なるべく平穏な時代でできるだけ遠い過去のほうが良いから。なぜなら確かな史実が残っていないほどの遠い昔ならば、多少の歴史の変化も未来に影響が少ないだろうし。
そして… もうひとつは…
これは許されないことかもしれないが、歴史に名を残す人物として生きてもらうこと。
なぜなら、歴史上の人物ならばその後の人生が後世まで伝わっているだろうから、子供たちの生きていく足取りが分かりやすく、再び会えるかもしれないので。
しかし、そんなことが可能だろうか。
これは賭けだ。
だが子供らよ俺を信じろ。もしも歴史上の人物になれなかったら、なんとかしてなれるように俺が手伝おう。
しかしその必要は無いだろう。なぜなら、今の時点ではまだ子供を過去に送っていないが、近いうちに必ず実行する。
ということは、今現在でもすでに子供が過去に行っているはずだ。ということは、それからすでに千年以上経っているという訳だ。
もう何度も復習したことだが、いつもこのあたりで男は頭が混乱し、不安になる。なにしろこんなことを今までにやった人間はいないのだから仕方が無い。
―息子は彼になれるはずだ。
そして俺が知っている彼の人生を歩むのだろう。
その歴史上の人物の名は「小野篁(たかむら)」
彼を選んだ理由は、時代もピッタリだし、不思議人間として名を残していた男だから、多少無茶をしても大丈夫だろうということ。
それに何より俺達も小野一族の端くれらしいからな。死んだじいちゃんがいつもそう言ってた。
娘の方は別に有名人にならなくて良い。兄貴のそばに居ればすぐに探せるし。
男が子供たちを転送する事前準備として行ったことは、篁の父、小野岑守の屋敷に子供たちを送る前に、突然現れた赤ん坊を岑守が育てざるを得ないように仕向ける小道具を転送することと、後に子供たちに会えるような仕掛けをしておくことだった。
………………………
小野岑守は赤ん坊の泣き声で目が覚めた。
昨日の奇妙な手紙入りのお守り袋のことを思い出し、急いで泣き声のする部屋に向かった。
そこには本当に赤ん坊がいた。赤ん坊の首には昨日と同じお守り袋がかかっており、そこに手紙が結んであった。
岑守はあっけに取られながらその手紙を読んだ。
―この子らは小野一族の血を引く双子である…兄は大人物になる者である…心して育てよ…
またこのような文が。
しかし一体どこから来たのだこの赤子は。
しかし妙であるな。双子と書いてあるが、一人しかいないではないか。
小野岑守は手紙の続きを読んだ。
―この男子の名は篁。身につけた袋は肌身離さず持たせよ。中に入りし玉はこの子を生涯守り通す力となるであろう…
ふ~む。これは誰かのいたずらか?どれどれ袋の中とな… ほんに何やら美しい玉が入っておるわ。石のようでもなく鉄のようでもなく、これはこの世のものではないようだ。
えらいことになった。真に神が授けてくれた御子かも知れぬぞ。―
後に『日本後紀』の編纂にも関わったほどの学者である小野岑守(みねもり)は、素直にこの運命を受け入れることにした。
時は西暦802年のことである。
(つづく)
この物語はフィクションです。(いちいち言わなくていいか^^)
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■小野篁外伝 Episode 3 旅の始まり
新しいエピソードの始まりです。
だんだんと海士町とは関係なくなってきますが、その点はご勘弁願います。
……………
霞がかかったように視界がぼんやりとしている。
夢を見ているのか、現実なのか、それとも記憶の中をさまよっているのか…
遠くかすかに人の後姿が浮かび上がった。男のようである。
―ああ、またあのお方が…
もう少し側に行きたい、こちらを振り向いてほしいと思うが、どうしても近づくことができない。
その時ゆっくり男が振り返った。
今日こそ顔が見られるとハッとした瞬間、男の姿は消えていた。と同時に視界を遮る霞も消え去ってい
た。
―やはり夢だった…もう何度同じ夢を見たことでしょう。あのお方は一体どなたなの?今、特に恋い慕うお方がいる訳でもないというのに…でもとてもよく知っているお方のような気がする…もしも現実におられるお人であるならばお会いしたい……
……………………
時は西暦20XX年。
ある研究所の一室で、男は一心不乱に作業を続けていた。
男はこの研究所の所長。とは言っても他に研究員がいるわけではないが。
―急がねば、もうすぐ奴らが来る。どんなことがあっても奴らにこの装置と研究資料を渡すわけにはいかない。
奴らはきっと過去を自分等の好きなように変えてしまうだろう。過去を変え、未来を変えることは絶対にしてはならないことなのだ。
それを守るためならば、俺はこの命を引き換えにしても良い。
しかし奴らも、命まで奪うわけにはいかないだろう。一番重要な部分は俺の頭の中にしか残していないのだから。
男はこれまで長い年月をかけて研究してきた『時空間転移理論』を実際に人間に応用する装置を、間もなく完成させようとしていた。
男は目を傍らに向けた。そこには生後数ヶ月の双子の赤ん坊が、ベビーベッドの中でスヤスヤと眠っていた。
男の子と女の子の二卵性双生児。この子たちの母親はもういない。
かなりの難産で子らの母親の生命力はほとんど残っていなかったであろうに、研究に明け暮れる夫の邪魔をしないようにと子供たちの世話を一人で頑張った。
その無理がたたったのか、乳離れが済んだ頃この世を去った。
―不憫な子供らよ… お前たちの母親が死んだのは俺の責任だ… そしてこの先お前たちにはとんでもない未来が待っている…
男は嗚咽を漏らしそうになった。
男は間もなく完成する『時空間転移装置』で子供たちを過去の世界に送るつもりだった。
なぜなら、自分の命は奪われないにしても、この子らに危害が及ぶ恐れがあったし、自分を脅迫するために利用される可能性があったからだ。
まだ未完成の、実際に人を使った実験もしたことが無い機械を我が子で試すことには、絶えられないほどの抵抗があった。
しかし今後に重要な役割を持つ「あるもの」や装置の転送にはすでに成功している。…と思う。
「と思う」というのは、それを確かめるすべが無いからである。ただ成功したと信じる以外になかった。
―子供たちよ、必ずまた会える。そのための準備はちゃんとしてある。じきに会えるんだよ。
ただし、再会するまでにはお前たちにとっては長い月日が必要だが…
この父を許してくれ。そして…助けてくれ…
その時、非常警報の音が響き渡った。
―しまった!奴らだ。思ったより早かった。
もうほとんど完成しているが、問題は二人同時に転送できるかということだ。
しかし一人ずつ送っている時間はもう無い。
男は子供たちを機械の中にそっと入れた。
―お前たちがこれから行くところは、1200年以上も昔の遠い遠い過去の世界だ。
でも心配するな。一応俺たち小野家のご先祖様の家だ。言わば遠い親戚にあたる訳だから、きっと大事に育ててくれるさ。事前にちょっと仕掛けもしてあるしな。
それと、これはお前たちにとってすでに定められた運命でもあるのだ。だから過去は変わらない。
つまりその後の未来も変わらない…はずだ。俺の考えが間違ってなかったらだけどな。
男は子供たちにお守りを持たせ、『時空間転移装置』のスイッチを入れた。
子供たちの姿が機械の中から消えた。そしてその直後、数人の男が研究室に乱入してきた…
(つづく)
この物語はフィクションです。(当然ですが^^)
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■小野篁外伝 Episode 2 後編
<先週のつづき>
篁は自ら都を追放されることを選んだのであった。
彼は都の貴族たちの暮らしぶりを見るにつけ、なんともやりきれない気分にとらわれていた。
たいした仕事は何もせず、男も女も愛だ恋だと何の役にも立たない歌を詠み、優雅か風流か知らないけれど、日がな一日自分の欲求を満たすことだけ考えて遊んでいる。
-あんな奴らにこの国を任せていてはいけねぇや。
篁は、驕り高ぶる上級貴族たちに変わって、この国の政治を動かせるような人物を育てたいと思った。
篁自身、上流階級に属していたわけだが、元々小野氏の血筋を引いているわけではない。
未来の世界に住む実の父親がやむにやまれぬ事情により、平安時代の世にさかのぼり幼い二人のわが子(男の子と女の子)を小野氏に預けたのであった。(この辺の事情は別のエピソードとして書くつもりである)
そのことを知ってからは、篁自身には上流貴族であるという自覚が無い。
若い頃からの型破りな言動に『野狂』と呼ばれたのもそのせいでもある。
しかし、身長180cmを軽く超える凛々しく美しい若者に成長した篁は、何をしても人を感嘆させ、特に若い女には非常に人気があった。
ついでに言うと、同じ時未来から連れて来られた実の妹も、兄と同様この世のものとは思えないような美しい女性に成長していた。
ただし彼女は訳あって今はどこに暮らしているのか分からないのだが…。
篁は貴族中心の社会がやがて終わることを知っていた。
政治の中心も京から関東に移るということも。
あまり未来を変えるようなことをするなと科学者である実の父に言われていたので、あえて歴史の流れに沿いながら、自分の好きにしようと考えた。
そこで彼は、誰もがいろいろな学問を学べる場所を、関東に造ろうと思った。
今のような学校という概念は無かった時代に、総合的な学問を学べる場所を造ろうというのは、篁だからこそ考えついたことである。
しかし、京にいる自分が関東に学校を造れるわけが無く、たとえ今までのように、夜な夜な人目を忍んで寺の井戸から時空間移動するにしても、体力的に難しい。
そして考えた末に、人の目を逃れるために自ら隠岐に流されるように仕向けたのだった。
流人といっても、隠岐では自由に生活をすることが許されるらしいから、昼間から学校創設に動き回れるだろう。そう考えてのことだった。
そうして完成したのが、儒学を中心に易学、兵学、医学まで学べる、未来から情報を得られる篁ならではの発想で造られた中世日本で最もアカデミックな学校であった。
その学校こそ、有名な『足利学校』なのである。
今では創設者は諸説言われている。
足利学校の中にある孔子廟には孔子と並んで小野篁が祀られているため、篁だと言う説もある。
しかし篁が関東に赴いたという記録が現在まで残っていないため、その信憑性は薄いと思われている。
篁には時間も空間も自由に移動できるということは、もちろん後世には知られていないのだから仕方が無い。
…………
「篁さまはこの島が嫌いか?」
「ん?あ、あぁ、いや。好きだよ。」
「なら、ここにずっと居てくれよ。おらが何でもお世話すっけん。」
島の若者は真剣な顔で言った。
「別に都が恋しいわけじゃないけど、俺にはまだやらなきゃならないことがあるんだよ。お前も一緒に連れて帰ってやろうか?」
篁にそう言われ男は少し戸惑った様子だったが、きっぱりとこう言った。
「いや、おらはこの島を捨てられねぇ。親のいねぇおらを島の人みんなでここまで育ててくれた恩があんだ。だけん、おら、この島の人たちの役に立ちてぇんだ。」
「そうか。それは正しい考えだ。今の気持ちを忘れなければ、お前はきっと将来大物になるだろうよ。」
「篁さま、この島にいる間にもっといろんな事を教えてごせ。」
「いいだろう。今日は何を教えて欲しい?」
この勉強熱心な若者は後に商売に成功し、島で一二の豪族になった。そして、流刑者としてやってきた篁にいろいろと教わったという恩を忘れず、その後も島に流されてきた者たちにも親切にしてやった。
そしてその心は何代も引き継がれていった。
隠岐が他の流刑地と違うところは、島民の人情であると言われている。
(この物語はフィクションです)
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■ 小野篁外伝 Episode 2
小野篁がなぜ隠岐(海士)に遠島になったのか?
西暦837年、篁は遣唐使に任命されたんだけど、役職としては2番目だった。
出発前にこんなことがあったんだって。
隊長の藤原常嗣の乗る船がどうも具合が悪い。
そこで篁に船を変わるように命令したそうな。
篁はむかついた。
当時すでに、命の危険を犯してまで遣唐使を送るなんて、あまり意味がないと思っていた彼には、我慢できないことだったんだね。
出発当日、仮病を使って遣唐使船に乗らなかったんだって。
これに当時の帝、嵯峨天皇が怒ってしまった。
なんとか死罪は免れたけど、その次に重い流刑にされてしまったんだ。
西暦839年。篁38歳の時のこと。
篁が隠岐に流されたあたりのことを、少し書いてみようか。
Episode 2 流人となった小野篁
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ここは隠岐の國海部郡(現在の海士町)豊田村。
片肘を着き、篁は草っぱらに寝転んでいた。
そばで野生の馬が草を食べている。
篁がこの島に来てから手なづけた馬だ。
一見冷たい印象を受ける男であるが、篁には人も動物も引きつけるような不思議な魅力があるようだ。
空高くとんびが舞い飛び、海面近くをかもめが飛んでいる。
篁はそれをぼんやり眺めていた。
―あいつら…互いの飛ぶのを邪魔もせず、とんびはかもめを見下す風でもなく、かもめはとんびをうらやましがるでもなく、どちらも堂々と翼を広げて飛んでいる。
「篁さま。またここにいたんですね?何を考え事してるんですか?」
いつの間にかそばに来ていた、島の若者が声をかけてきた。
篁が時々読み書きを教えてやっている男である。
「あぁ、お前か。今、鳥を見ていたのだ。」
「鳥ですか?ははは、相変わらず暇そうですねぇ。」
男は愛嬌のある顔で笑った。
「お前もそうだが、この島の人とあの鳥たちは似ているよ。」
「おらたちと鳥が?どこが似てますか?」
「俺は都ではある程度の位についていた。しかしここにはただの重罪人として連れて来られた。
なのにお前たちは俺を、肩書きや今置かれている状況など関係なく一人の人間として付き合ってくれている。
なんか余裕を感じるのだ。堂々としているんだよ。お前たちは。
人のありのままを受け入れて、しかも自分たちの生き方にも誇りを持っている。
分かるか?俺の言いたいことが。」
篁に言われ、男は少しまじめな顔で考えていたが、また相好を崩して答えた。
「わかんねぇですよ。おら、そげなむずかしいこと。分かるようにまたいろんな事教えてくださいよ。」
篁は笑った。彼はこの若者の純朴さが好きだった。
「知らないことを学ぶのは楽しいか?」
「おら、ここと隣の島ぐらいしか行ったことねぇから、もっといろんなところ行って、いろんなこと知りたいんだ。
日本国だけじゃなく唐にも行ってみてぇ…あっ、すまねぇ。篁さまは遣唐使になって唐にいくのが嫌で、仮病を使ったんでこの島に流されて来たんだったなぁ。」
篁は思わず苦笑した。
「はっきり言うなぁ。でも、その通りだ、俺は遣唐使船に乗らなかったんで遠島になった。
まぁ他にも理由はあるけどな。」
「都に帰りてぇですか?」
男は真剣な顔になって聞いた。
「おら、知ってんですよ。篁さまが金光寺山に登って、毎日てっぺんの祠(ほこら)で都に帰れるよう祈願しているってことを。」
篁が毎日金光寺山に上っていたのは事実であった。しかし都に帰れるよう祈願するためではなかった。
篁は時間を移動できる。そして今では空間さえも移動できるようになっていた。(もちろん閻魔…いや、未来に生きる実の父のおかげではあるが)
都では井戸を使って時空間移動をしていたが、この島に来てからは金光寺山頂の祠をそのために使っていたのだった。
―俺は遣唐使なんかしてる暇はないんだよ。それに必要もないし。その気になればどこにだって、未来にだって行けるんだぜ。
篁は自分が隠岐に遠島される未来を最初から知っていたのだった。
―俺にとってはどこに住もうが関係ない。都を離れた方が上からの目を気にせずにすむし、ちょっとやりたいことがあるからな。
篁が隠岐に流されることを選んだ目的は… (つづく)
(この物語はフィクションです)
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■小野篁 外伝 (この物語はフィクションです)
平安時代初期のお話。
身長188cm、超ハンサムで少しワイルドな貴族がいた。
この男、遣唐使船に乗るのをすっぽかし、海士に流されたことがある。
そして彼はまた、今の世にかなり不思議なエピソードを残している。
そのエピソードを元に、フィクションを交えたソフト・ハードボイルド・ファンタジー小説を書いてみました。
プロローグ
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時は平安時代のはじめ。
都では貴族たちが栄華を極め、その名のとおり平安に過ぎ行く日々を、歌を詠み、
恋をし、蹴鞠などして暮らしておった。
しかし、どんな世にも一風変わった人間はいるもので、
彼らが持つその不思議な魅力ゆえに、後世まで名を残すことになるのである。
ここに紹介する男も、不思議人間としてはトップクラスであろう。
男の名は、小野篁(おののたかむら)
不思議人間としては超有名な陰陽師・安倍晴明より、さらに100年以上も前に、
こんな妙な男がおったのだ。
身長188cm。その時代としては異常とも言える長身で、しかも都の女たちがよだれを垂らすほどの超美形だったというではないか。
しかもしかも、他人に頭を押さえつけられるのが大嫌いな性格で、
その反骨心がこの男前に程よいワイルドさを加えていた。
なんとも腹が立つほど完璧に、モテ要素を備えているではないか。
でも、そのルックスだけでは後世まで名を残せない。
『今昔物語』や『宇治拾遺物語』などにこの男について書かれた中に、
飛びぬけて奇妙なエピソードがある。
それは、冥界につながる入り口である井戸に、毎夜のように忍び込み、
閻魔大王のとなりで死者を地獄に送るどうか裁く役人をしているというものである。
あるとき、藤原良相(よしみ)という男が冥界にやってきた。
実はこの良相という男には、篁が昔世話になったことがあった。
そこで篁は閻魔大王に事情を話し、この男を生き返らせてくれるよう頼んだ。
すると良相は息を吹き返したのだが、なぜ篁が冥界にいたのか不思議に思い篁本人に聞いたところ、「くれぐれもこの話は人に言わないように」と口止めされたという。
まずは小野篁を紹介するために、このエピソードについての真相をお話しよう。
Episode 1 冥界の役人・小野篁
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下弦の月の薄明かりが、寝間に横たわる藤原良相(よしみ)の姿を、
闇にかすかに浮き上がらせている。
その顔は青白く、すでに生気は微塵も感じられない。
篁はひとり良相の傍らに座り、切れ長の瞳でその顔をじっと見つめていた。
ちょうど時は丑三つ時。人に代わり、魍魎どもが自由にこの世を動き回ることができる時間だ。
篁は最近都で己に関しての、さまざまな噂が広まりつつあるという事を思い出した。
「小野篁は冥界から呼ばれて、毎夜井戸から地獄へ降りて行くらしいぞ」
「閻魔の側で、死んだ人間を極楽に送るか地獄に落すかを裁く手伝いをしておるそうだ」
―あの世の魍魎どもがこの世に遊びに来る時刻に、逆に俺はあの世に遊びに行くってか。
フフッ、面白れぇ。それではこんなところを見られたら、また噂が大きくなるかも知れねぇな。
篁は良相のふとんをはがし、彼を肩に担ぎ立ち上がった。
身長188cm。この時代には考えられない長身である。
しかし、細くしなやかでありながら鋼のように強靭な筋肉に包まれた体は、
理想的なバランスがとれており、大男という感じはしない。
良相を軽々と担ぎ、人目に付かぬよう足早に屋敷を出、篁は月夜の道を駆けた。
いつもの井戸の前に立ち、篁はしばらく精神集中をしたかと思うと、
突然良相を担いだまま井戸の中に飛び降りた。
―あまり噂になってもめんどうだし、この井戸を使うのも、
そろそろやめておいたほうが良いかもしれないな。
降り立ったところは水の中… ではなかった。
「今戻りました」
「おお、篁。待っていたぞ。どうしたのだ。その肩に担いだ男はなんだ?」
迎えた男は少し驚いたようだった。
「今日はお願いがあります。実はこの方は以前私が世話になったことがある方なのです。
病で命を落としかかっております。どうか、助けてもらえないでしょうか」
篁がそう言うと、男は少し困った様子だった。
「そ、それは… まぁ、とりあえずそこに寝させなさい」
篁は言われた場所に良相をそっと下ろした。
それは、柔らかい乳白色の光に包まれたカプセルだった。
ここは冥界ではない。もちろん迎えた男は閻魔大王でもない。
最新の科学技術を駆使した、あらゆる設備が整った研究所である。
さっき篁が飛び降りた井戸の中に時空の歪みをつくり、この研究所へとつなげている。
男はその研究所の所長であり、篁の実の父親でもある科学者であった。
(これについては話が長くなるので、別の機会に…)
「篁よ。この男を救えばその後の未来が変わり、歴史が変わってしまうかもしれないのだぞ。
いくらお前の頼みとはいえ…」
「父上。お忘れですか?赤子の私を過去の世界に預けたのはあなたですよ。
それも歴史を変えることではなかったのですか?」
篁に言われて、所長は言葉に詰まった。
「いや、それは… 分かってくれ。あれは止むを得ない事情があったんだよ」
篁は笑いながら答えた。
「分かってますよ。別に恨んではいません。逆に感謝していますよ。
過去と未来を行き来できるなんて、こんなに面白いことはないですよ。それより、早くこの方を…」
「分かった。良いだろう。お前がそれほど言うのなら、この男、よほど善良な男なのだろう。
助けてやろう。そのカプセルを閉めて少し下がっていなさい」
そう言うと所長はカプセルのスイッチを入れた。
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にぎやかな小鳥のさえずりと朝日のまばゆさに、藤原良相は屋敷の寝床で目を覚ました。
「お目覚めになられましたか、良相殿」
「篁か?」
良相はふとんから起き上がった。
「どういうことだ。体が少しも苦しくない。…私は夢を見ていたのか?」
「どうかなさいましたか?」
篁は微笑を浮かべながら静かに尋ねた。
良相はあらためて篁の顔をじっと見つめた。
女のように美しい顔だと良相は思った。
「お主、噂は本当だったのだな。私は死んで冥界に連れて行かれたのだ。
するとそこに、閻魔と並んでお主がいたのだ。
お主は私を助けてくれるよう閻魔に頼んでくれた…
そうか、それで私は生き返ったのだな。そうだろう、篁よ」
―良相殿、少し記憶があるのだな。父上が閻魔。そして俺が冥界で閻魔の補佐をする官吏だというわけか。
まぁ、そういうことにしておいたほうが良いだろうな。本当のことがばれるよりかは。
篁は良相の耳に顔を寄せ、低い声で言った。
「良相殿。そのことはくれぐれも誰にも言わないでいただきたいのです。約束してくれますか。
でないと…」
「わ、わかった。絶対に誰にも言わぬ」
良相は何故かゾクッと身震いをして、あわてて返事をした。
……………………………
しかし、後世までこの話は残っている。
ということは、
さては良相、言いふらしたな!
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